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elielin 的日常work

明けまして死ぬかと思った

By 2006/1/9No Comments

医者から薬をもらうのはN年ぶり
…冗談とか、精神的に追い詰められ「死ぬかと思った」とか言ってるのではない。
先月、いろんな方々のおかげで、月刊挑戦者は今年2月から全国のセブンイレブンファミリーマートで販売することが決定した。台湾国内には全部足しても1800軒足らず、現在も減り続ける本屋に対し、セブンは4000軒、ファミマは1900軒、雑誌にとって実に大変なチャンス。それに合わせてスケジュールの切り直しや、雑誌内容の調整もあって、もう戦時状態だった。
それなのに、大晦日から夜咳がひどく、呼吸が苦しくて眠れない。非常時だから、医者は行かずに大衆薬で何とか乗り切れようとするが、症状がどんどんひどくなり、しまい左胸が痛み出した。しかも仰向けでも伏せても横になるとすぐ痛み出し、咳するとその場で動けないほど痛む。一人暮らしなので、2日の深夜では本当に「やばい、死ぬかも」と思った。
3日の昼、叔父さんに病院へ強制連行され、先生に診てもらった。
年末にひいた風邪が完治していなく、ずるずると引っ張り咳に変わり発作し続けたとか。左胸が痛むのは、普段の姿勢にも関係あると思われるが、おそらく咳した時の姿勢が肋間神経を傷つき、神経痛を起こしたからだと。まあそれもそれでやばそうだが、「肺炎や胸膜炎ではなくてよかった」と、とんでもない姑息なことを考えていた。薬をもらい、静養するようと言われたが、2月号は13日アップ予定の上、流通と宣伝関係で表紙の進行も繰り上げないといけない、その進行状況を見てとてもできやしない。
4日昼、セブンへのサンプル本*1は16日納品に予定していたが、係りから「すみません、おたくは新商品で、発売日の2月1日は旧暦新年休みに入っているので、さらに一週間繰り上げが必要です。9日までにサンプルください。さもないと棚におけるのは2月4日になります」と告知してきた。聞いた時ショックで咳が止まらなかった。そして緊急会議が行われ、「出来るのか」と聞かれた。
そりゃ…出来なくても出来させてやるのだよ。発売日をずらすわけにはいかないし。「できるよ」と会議で言った瞬間、頭の中には制作進行時代のことが走馬灯のように甦った…まあ、一日前ではなく五日前に教えてくれるとは、また幸いだと思っていいか。
4日午後からは必死に動いたよ。電話して連絡して穴を埋めて。もう本当に総力上げてやっていた。5日〜7日は毎日深夜まで会社にいた。8日はさすがに会社に泊まらないと終わらないから泊まった。咳と胸痛は一向治らなかった。当たり前だが。
でも、仲間たちの助力でなんとか切り抜けるパワーをもらった。簡嘉誠は6日と8日続けて会社に泊まり、表紙デザインと写植入れを徹夜でしていた。林迺晴は自分のスケジュールを空け、スキャンなど細かい作業を手伝ってくれた。全員で日曜出勤の時には黒炭くんや叔父さんが差し入れを持ってきた。作業時間が極端に短くなったにもかかわらず、可愛い表紙を仕上げてくれた緒方さん、格好いいイラストを描いてくれたSALLYさんと有馬拓也さん、皆さんありがとう。
9日、文章の部分には若干(全体の8%ぐらいかな)仮のものがあって、校了も済んでないけど、「2月号」はできた。午後セブンへ届けに行き、一応最初のステージをクリアした。
で、それから16時間寝た。
起きたらすっかり良くなった。「睡眠こそ最良の薬」と実感。それにしても、体の中からこんなに激しく痛み出すのが初めてだったよ。頭痛にもあまりしないもんで。「外傷より内傷の歳になったな…」とじみじみ思う今日この頃。
とにかく、新年早々死ななくて済んでよかった。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

*1:サンプルとはいえ、中身が真っ白のものではなく、ちゃんとした内容のものが必要だ。つまり2月号の内容のそのものがないとダメ。厳しいけど、ちゃんとした会社はこうでなきゃ。さすがセブン。

elielin

数年前は東京でアニメ制作進行をやってた台北在住の台湾人編集者です。おたくでもギークでもないと思うけど、そう思っているのがお前自身だけだと周りから言われています。時々中野区に出没。

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