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乱筆乱文など

なぜ手塚作品を

  2005/5/276月 9th, 20229 件のコメント

気分転換したいので少しマンガの話をしたいが、新しいテーマは今まだ全然まとまっていないので、とりあえずうちの雑誌の話をしよう*1と、むかしid:Mattsunさんへのメールを取り出して直してみたりする。こめんなさい、また質問文を借ります>Mattsunさん、よろしくお願い致します。

≪挑戦者≫では日本マンガの代表として手塚作品が多く取り上げられています。解説もつけて手塚作品について非常に詳細に語られています。しかし≪挑戦者≫の読者の反応を見ると、必ずしも手塚作品が積極的に受け入れられているとは限らないように思われます。
例えば(読者コーナー)「街角通信」では、手塚作品についての意見や感想よりも「台湾作家や新人達の作品を見たい」という声の方が多く見られます。また、実際にマンガ作品を作る時にも手塚作品を参考にしているものは多くないように思われます。そして、こういった状況は手塚の故郷である日本においても同様です。
このような現状において、敢えて詳細に手塚作品を解説することは台湾マンガのためにどのような意義があるとお考えでしょうか?

実は、なぜ≪挑戦者≫に手塚作品を置く?というのは、創刊前から知り合いや知り合いでもない人からさんざん聞かれた質問で、「手塚は売れない、マイナー誌のでもいいから、新しい日本作家(の作品の版権)を買えよ」とまで言われた。いちいち説明するのも面倒になってきたので、「為什麼是手塚治虫?(なぜ手塚治虫か?/中国語)」というタイトルで文章を書いて、公式サイトに置いた。その後この質問が聞かれる度に、その文章をメールで送ることにしていた。
為什麼是手塚治虫?」の中で、「台湾には手塚治虫がいないから」を答えにしていた。若いわれわれは追いかける背中が必要だ、そしてどうせ必要なら、思い切って最も大きな背中を追いかけよう、そう、「漫画の神様」だったら誰も文句はなかろう――≪挑戦者≫は、時代を背負う漫画家を育つ≪COM≫みたいな雑誌になるから、という論点だった*2
しかしMattsunさんの質問は、創刊号を発行してからかなり時間が経ったモノで、「街角通信」についても確かにその通りだった。ちょうどその前にも友人から「手塚作品を外そうと思えばそろそろ外せる頃じゃないか、それでも外そうとしない原因は何なのだ」という質問を受けたので、「背中論」や「≪COM≫みたいな雑誌になる」より、もう一歩踏み込んで考えないとダメだと思った。そして考えた。
そこで出した答えは、「漫画の文法をしっかり使った『例画』*3を読ませるため」ということだ。
台湾では、読み手も漫画家も編集も含めて「絵=漫画のすべて」という傾向は未だに強い。だけど私は、漫画は「絵」ではなく、一種の「言葉」だと思っている。汚い言葉ばかり聞くと、汚い言葉しかしゃべれなくなるし、上品なしゃべり方をマスターしようとしたら、上品な用例をたくさん勉強しないといけないと思う。それを漫画で言い換えると、いい作品を(心込めて)いっぱい読めば、自然にいい作品を描けるセンスや体質がつくだろう*4
でも現在の日本の漫画は、バブル期で達成した高度進化の結果であり、そこから基礎文法を見出すのが13〜18才の少年少女たちには過酷だし、見出せるなら台湾はとっくに漫画大国になっている気もする。では、上品で、多様で、表現がわかりやすく、そして現在の若い子が読んでも読み応えのあるテーマを持ち合わせる「いい教材」としての漫画というと、やはり手塚治虫藤子不二雄石ノ森章太郎お三方の作品しか思い浮かばない*5。さっきも言及したように、その中でも手塚作品は、≪挑戦者≫が目指す≪漫画少年≫や≪COM≫のような雰囲気も作れると思い、選ぶにはあまり迷いはなかった。
そして解説を毎回つけてるのは、30年もある時間の距離を縮めたいからだった。作品自体の元ネタ、もしくはその作品から見える手塚さんの作風の変化や変遷とかを説明したり、また時代性のあるもの、日本で発生した歴史事件をモチーフにした作品については、作品自体を解説するより、その頃の出来事や時事を重心に解説するようにと。こんな掲載方針だったら、読者も作品を介していろいろ勉強できるんだろうと思うし。
正直な話、手塚作品を外さないのは、本当は私の直感が外してはいけないと囁いてるから、外そうとしないんだけだ。しかもその感覚は、投稿コーナーに送られてきた中学生たちの漫画や小説、読者コーナーに寄せられた感想や絵はがきを読めば読めるほど、例え根拠は無くても手塚作品は絶対に外せまいと思った。せめて三年ぐらいは続けさせないと。
若い彼らにもっと基本から漫画は一体どういうもので、どこまで表現できるのを考えてほしかったからだ。連載モノだけが漫画じゃない、綺麗な絵と美形や萌えキャラだけが漫画じゃない、漫画はもっと、もっと何かあるような可能性が満ちていて、そして物語が完結しても、それを読んだ人の中にまた何かを生み出せるモノだと、認識させてたいのだ。若い子が、手塚作品を見たいか見たくないかのはあまり気にしていない。手塚作品と言って≪ブラックジャック≫さえもちゃんと読んだことのない、≪Dr.スランプ≫も≪スラムダンク≫もよくわからない世代だからこそ、有無を言わせずに「いい作品だから読め!」という感じで、教養をつけておかないといけない。いつまでも流行だけを追い、良し悪しもわからない読者ばかりでは、文化は成長どころか、成り立たなくなると思うから*6
ちなみに、アンケートには「手塚作品をもっと見たい」という声は確かに少ないが、「今月号で良いと思うコーナーを五つ選んでください」のところで記入したモノを集計したら、手塚作品はやはりいつも一位だった*7。なんだかんだ言っても、31ページも使って起承転結がやっとのうちの若衆の漫画は、29ページで人を笑わせ泣かして感動させられる70年代の手塚作品には、まだまだ全然かなわないのだ。そいつらの目標としても、手塚作品は必要だ
だから、手塚作品を。そしていつか台湾にも藤子不二雄矢口高雄のような作家が生まれてくるように、祈りながら今日もがんばろうと。

*1:これなら誰にも文句はないだろう。

*2:≪COM≫の発刊から廃刊までには、いろいろ問題があったのも知っているが、この際はその輝いた点を着目して、ほかは目をつぶろう。

*3:お手本になれる文章は「例文」だから、お手本になれる漫画を「例画」と言ってみた。

*4:本当に描けるかどうかはまだ別の話。

*5:矢口高雄作品もいいと思うが、でもお三方と比べると短編が少ないので、多様性についてはちょっと。

*6:…出版事業じゃなくて教育事業だな、これは。もし自分が社長ではなかったらとっくにクビにされていたかも。

*7:五つ選べられるところで、必ず8割ぐらいの子は手塚作品を選択に入れるね、ほかの四つはかなり方向性バラバラだが。先入観をナシにして読んでいけば、やはり何かが感じ取れるものはそこに存在しているかもしれない。

elielin

数年前は東京でアニメ制作進行をやってた台北在住の台湾人編集者です。おたくでもギークでもないと思うけど、そう思っているのがお前自身だけだと周りから言われています。時々中野区に出没。

9 件のコメント

  • QianChong より:

    なるほど、そんな「深慮遠謀」があったんですか。日本人読者の私としては当時の手塚作品を《挑戰者》で今読むと、かなりレトロな感じがしますが、elielinさんのおっしゃる「例画」、基本文法という点では全く同感です。言語でもそうですが、例文や基本文法や“基本功”を積み上げていって、それが量的にあるレベルを超えると一気にステージアップする、ということがありますよね。

  • elielin より:

    アニメ会社での最後の二、三ヶ月でボーとする時考えてました。いろいろ考えすぎで困ったところもありますが(汗)レトロですね。自分もそう思います。初期のふぁんろーどみたいな感じもしますしね(個人的にはそれはそれでいいと思いますが)
    漫画を描く技能の学習を語学の学習に見立てるのは、あくまでも仮説ですが、「“基本功”を積み重ねてから上達」という点は、共通していると言ってもほぼ間違いないと思いますが。ここ一年間で少しずつ効果が表しているようにも感じてきました、あと二年ほど続けられたら、もっと確実な結果が得られるんでしょう。とりあえず引き続き例文と例題を頃合見て突っ込んでみます…どうかいい結果が出るように(祈)

  • hatko より:

    手塚治虫氏が子供の中に漫画文化(現在の漫画文法)を創ったのですが、そこに思想を取り込み、大人が感じる文化のエンタテインメント(暴力と性)を植えつけ、映画・小説をも超えるほどの媒体としたのは白土三平氏ですよね。白土氏が1964年に発行した雑誌「ガロ」は初の「大人も読む漫画雑誌」として社会に衝撃を与え、そこに連載を始めた「カムイ伝」は「漫画は芸術なのだ」と手塚氏や石森氏に感じさせ、矢口高雄氏を(彼が当時の生活の基盤をけってまで)漫画家にさせてしまった作品です。今では当たり前ですが、当時子供の「漫画」に対して歴史学者達が真剣に語ると言うありえない状況も作り出しました。最近日本で漫画の勢いが落ちてきてしまったのも漫画家達が「白土三平」を忘れてしまったからだと言われています。また、アニメも宮崎駿氏が1970年代そこに白土作品の忍者の動きを取り入れたことで、「省略の中の動き」が生まれました。それまでのアニメは一コマのキャラクターには躍動感がありませんでしたから。「長編漫画」の祖と言われる白土三平氏についての作品論なんかはまだ台湾では行われていないのでしょうか?では、長文失礼しました☆

  • Mattsun より:

    Mattsunです。
     ご無沙汰しております。やっとのことで時間に余裕が出来てきたので頂いたバックナンバーを読み直す日々です(新刊も今度買います)。
     御丁寧な回答を頂き、ありがとうございます。大体の所はこの間お会いした時の通りだと思うのですが、解説に関して一つ思った事を・・・

     elielinさんのおっしゃる通り、手塚作品は基本的なマンガに対する「教養」を知るためにとても役に立つと思います。しかし、この教養が実際に作品を描くにあたって活かせるか、あるいは「活かしたいと思うか」には、やや疑問が残ります。
     御存知の事とは思いますが、日本のマンが雑誌には度々「マンガの描き方」に関する講座やコラムが掲載されます。これらは必ずしもレベルの高いものではない(むしろ低い…)のですが、作家へのモチベーションを高めるものとして高い人気を持ちます。
     一方で挑戦者の手塚作品とその解説は、読者としての教養を高める事に重点をおいている代わりに、作家(志望者)の側に立った説明はあまりありません。作家志望の読者にとって、「読者としての手塚の教養」を「彼等の憧れる現代風のテーマと絵柄」に利用する事は困難なはずです。現代作品が全て「汚い言葉」なら「そんなものに憧れるな」と言えますが、実際にはそんな事はないはずです(複雑さと上品さは異なる尺度です)。
     この問題を解決するにはやはり、読み手としての「教養」を作家としての「技術」に橋渡しする解説が必要なのではないかと思います。即物的なものは好ましくないと思われるかもしれませんが、手塚作品の教養のどういった所が実際の作品制作に活かせるのか、といった部分は知りたいと思う人も多いのではないかと考えます。

    …elielinさんの負担を考えない発言で申し訳ありません。
    今後の解説の方向についての単なる一意見ということでお許しを…
    長文失礼しました。

    p.s.
    9月あたりに台湾へ行こうかと計画中です。もしお時間が許しましたら全力出版を見学させていただけると嬉しいです。

  • jing より:

    はじめまして。ぽちさんの日記経由でこちらの存在を知って以来拝読させていただいてます。
    このエントリーには感動しました。私は手塚世代ではありませんが、父が好きで単行本をたくさん持っていたので子供の頃から読んでいます。
    命の大切さとか、愛情・友情そして平和の尊さなど人間として大切な感性の基礎は手塚漫画に教わってような気がします。
    私が漫画に夢中になっていた80年代でもすでに手塚漫画は古典とされており、同じ世代の人たちが好んで手に取るジャンルではなくなっていました。ですから“たまたま家にあった”ということが、結果として出会いを演出してくれたことに感謝しています。
    “佳いもの”に対しての感性というものは、一朝一夕で育つものではなく良い作品に触れるということにより芽生え、ゆっくりと時間を掛けて育んでいくものだと思います。
    他人の言葉で語られた技術論などにとらわれると、案外奥底に秘められた作家の感性を見失ってしまうこともありますし、解説や技術の分析で得られるものよりも、作品に共感することというのも大切ですよね。
    elielinさんがお作りになっている《挑戦者》を読んだことがないので、どのように紹介されて解説が加えられているのかとても興味があります。今度台湾に行くことがあればゼヒ買って読んでみますね。
    長文失礼しました。

  • 神戸生活もええでよ より:

    はじめまして。
    以前から韓国漫画に興味を持った過程で、それ以外の他国の漫画状況が活気を帯びていることを知り、その中でそちらとそちらの雑誌の存在は知ったんですが、どうしても二つの疑問がとけませんでした。
    どうして自国の書き手を使わず、緒方さんを表紙に使い続けるんだろう、どうして版権も高そうな手塚先生の作品を載せつづけるんだろうと。
    前者の疑問は晴れませんが、後者はなるほどそういう理由だったのですか。
    BS漫画夜話でコメンテーターが言っていた言葉を思い起こさせますね。
    将来、時代も文化も変化した後で、もしたったひとりの作品しか残らないとしたら、手塚先生の作品を残せばいい。なぜなら漫画とは何かを説明するとしたら彼の作品でにもってこのようなものだと言えばいいからだ。
    小さい文意は忘れましたけど、確かこんな感じだったと思います。
    西洋で舞台に立つものがシェークスピアを無視しえないのと同じ理屈なんでしょうね。
    台湾漫画は日本でも紹介され、人気をえた鄭問さんぐらいしか知らないのですが、今韓国漫画がわずかでは有りますが特定の人気を得ているように、何年後かには台湾の漫画家が日本の雑誌でその個人の人気でもって、好評を博し、そして今まで知らなかった台湾らしいその人らしい世界観を読ませてくれることを期待しますね。
    その立場を使って、為すべきことを為そうとする開拓者の責任は重大、
    ただの読み手は無責任。それでもその感動をもたらす相手には、その縁の下の苦労者も含めて、感謝するものです、読み手は。
    あなたの今の努力が、台湾人の誰かの作品として、一日本人の前に提示される日を楽しみにしてます。

  • 神戸生活もええでよ より:

    ああ、すみません。PS.としていただければうれしいんですが、
    もし、手塚さんの作品を例画としてあげるのならば、例えでなんですけど、少女漫画とかはどう考えているのでしょうか。
    少女漫画の場合は範囲外かもしれませんが、短編として、その構造や文法を学ぶ意味においても、中期の萩尾望都、特に、「半身」や「エッグスタンド」なんかは少女漫画の作劇術を学ぶ意味でも最適のテキストだと思えます。特に前者は深い世界観と個人の精神性の喪失をたった16Pで完璧に描ききってる意味において、学ぶことが多いのではないかと思うのです。
    版権の問題、それこそ手塚先生の作品ですら大変なのかもしれませんが、台湾においてこのような作品がどこまで流通しているかわからない以上、紹介の労ありなのではないかと。
    お目汚しな文章を連ね、まことに申し訳ありませんでした。
    …でもまたコメント欄に其の時々の感想は書きこむと思います。

  • elielin より:

    コメントしていただいてありがとうございます。
    なんだかもう本文より長くなってる…どうしよう(汗)実は一回コメント書いている途中、誤ってパソコンのコンセント抜いてしまい、書き直す気力を失いましたが…とにかくがんばって答えていきます。少しタイムラグ生じますが、お許しください。

    >hatkoさん
     白土三平ですか…そうですね、白土三平はどう扱うべきか、それは大きな課題かもしれません。不思議だと思われるかもしれませんが、台湾での白土三平の知名度はゼロに近いです。グーグルで繁体字サイトをサーチしても40件前後しか出ません(簡体字サイトを含めたら500件ぐらいかな)。手塚治虫の繁体8000件ぐらい、総合28000件と比べると、おかしいと言ってもおかしくないんでしょう。
     台湾での白土三平作品についてはまた今度まとめてエントリに書いてみます…いつになるかわかりませんが、早く書いた方がいいとも思いますが…ううっ、期待しないでお待ちください。

    >Mattsunさん
     そうですね。複雑さと上品さは違うと私も思います。「汚い言葉」とは現在の日本マンガのことではないんです。現在の日本のメジャー作品は、絵も話も複雑で、また語学で例えるともう高度な修辞を使っているものが多いと思います。上品下品を置いといて、初心者には向いてません、ということだと思います。日本マンガは確かに長い間、台湾で読まれてきましたが、平均な台湾人がマンガに対する「読解力」は、果たして平均な日本人と匹敵していたのでしょうか?マンガ雑誌の乏しい出版数と、また少年少女誌に集中する傾向から、この答えは「YES」だとはとても思えません。ですからマンガの読み方もよくわからない親を持つ台湾の若い子に読ませるなら、現在の作品以外、「より簡単な(分かりやすい)例画=手塚作品みたいなもの」が必要だと思いました。
     要は「作家になる」とか言う前に、「読者としての教養」をまず養いてほしかったかもしれません。台湾の今の子は「読者としての教養」は足りなさ過ぎだと思います(これはまたチャンスあったら書きますが)別に人の作品だけではなく、広い範囲で歴史地理天文理化生物気象雑学、この世のあらゆる知識の「よい読者」でなければ、どんなに技術があっても「作家」にはなれないと思います(単なる思い込みかもしれないが)
     広い意味での「よい読者」でしたら、作家への扉も、(ある程度)自ずと開けていくでしょう(と思い込んでます)
     ちなみに「汚い言葉」については、どちらかというと同人誌のラフ本など、支離滅裂な物語の構成がどうこう以前に、仕上げさえもできていない類だと思いますが。同人誌即売会会場に(ラフ本を見て)「なんだ〜マンガはこれぐらい書けば、本にできて売れるんだ!」と思われ称えられていく傾向も近年強くなってきた感じがしますので、とても嫌です。
     九月来ますか!ではぜひ寄ってくださいな♪

  • elielin より:

    >jingさん
     コメントありがとうございます。手塚作品はもちろん日本漫画の全てとはいえませんが、読者養成でも作家養成でも、「いい土台」を作るには、手塚作品はある程度必要だと思っています。例えアンチの対象としてもね。OH…「挑戦者」を買ってくださるんですか(涙)ありがとうございます(ぺこり)
     jingさんのBLOGも見に行きましたよ。すごく楽しいです。また遊びに行きます。

    >神戸生活もええでよさん
     はじめまして。コメントありがとうございます。
    >どうして自国の書き手を使わず、
    >緒方さんを表紙に使い続けるんだろう
     これはまたわけありなんですよ。チャンスがあれば書いてみます。一言で言えば「こうしないと本屋は置いてもらえない」になりますが(汗)話せばかなり悲しい話です。
     少女漫画について、「半神」は大学一年生の頃読みました。あの時はショックでしたよ、凄すぎて。実はそれ以前少女漫画は全く読まなくて(友人の布教でCLAMP作品を少々という程度)、大学の時には尖端出版から「萩尾望都作品集」が何冊も出版され(って今は全部絶版!?と知り合いの漫画専門店の店長から聞いたが)、そこで初めて「少女漫画」を読んだのです。確かに今の子に紹介したいですが、一つは…本当は少女漫画詳しくないんだよな…今勉強中ぐらいな感じで(汗)もう一つは…萩尾作品を紹介しようとしたら、系統の整った形をしたいですので、今の全力出版にはやや荷が重過ぎます…まず単行本などの出版(やっとここまできたよ)で、雑誌による赤字のループから脱出してきた後、またちゃんと取り掛かろうと思います。
     とても励みになる言葉ありがとうございます。がんばります。ではまた遊びに来てください。

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